この記事を読めば分かること
- AIを進化させたディープラーニングとは何なのか
- AIで未来はどう変わるのか
- AIに奪われる仕事はどんな仕事か
今、新聞やニュースでしきりに「AI」が取りあげられています。AIの進歩していくことに対してさまざまなメリットが謳われます。しかし、一方でこんな懸念についても耳にします。
「AIが人間の仕事を奪うのではないか」
「AI」と聞くと、ドラえもんや鉄腕アトム、ターミネーターなどを思い浮かべる方が多いと思います。たしかに、もし仮にAIが進歩してドラえもんのようなAIを搭載したロボットが誕生したら、人間の多くの職業は奪われていくかもしれません。
しかし、おそらくそこまでの進歩はここ数十年の間は起こりえないでしょう。今のAI技術では、ドラえもんのような「万能なAI」(AIの世界では、「強いAI」または「汎用性AI」と呼ぶ)を、完成させるにはまだまだ遠い地点にいるからです。
今日は、AI技術の現状や今後のビジョンなどをご紹介します。
なお、記事の執筆にあたっては、東京大学准教授 松尾豊氏の著書「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの」を参考としています。
AI(人口知能)の現状は
ディープラーニングがAIを進化させた
AIと機械学習
今のAI技術を語るうえで、ディープラーニングの存在は外せません。ディープラーニングとは、AI技術に欠かせない「機械学習」の1つの手法です。いきなり、「ディープラーニング」「機械学習」と出てきてややこしいですが、1つずつ見ていきましょう。
機械学習とは、AIに新しいことを覚えさせるための技術です。AIに何かを覚えさせるためには、「大量のデータ」と「特徴量の設計」が不可欠です。たとえば、「将棋が強いAIを作る」を考えてみましょう。
まず、AIに将棋を覚えさせるためには、大量の棋譜データが必要です。過去にプロ棋士同士が対戦した棋譜データを大量に用意して、それをAIに読み込ませます。人間が、たくさんの対局を重ねていくことで「経験」を積み重ねていく。AIに大量のデータを読み込ませるとは、そんなイメージです。
しかし、棋譜データを読み込ませるだけでは、AIは強くなりません。人間が、棋譜を暗記するだけではプロになれないことと同じで、AIも大量のデータを読み込ませるだけでは不十分です。では、何が必要かというと、ここで出てくるのが「特徴量の設計」です。
「特徴量」とは、人間でいうと「コツ」のようなものです。大量に読み込ませたデータをもとに、「どう駒を動かせば勝てるのか」「相手がこう動いたらどう動くべきか」「王将を追い詰めるためにはどう動くのが合理的か」という、いわば将棋のコツをAIに覚えさせる必要があります。
この「コツを覚えさせる」つまり「特徴量の設計」がとても難しいのです。コンピュータに「コツ」を教えるために、将棋プロとAI技術者たちが、さまざまなメンテナンスや試行錯誤を繰り返します。つまり、コンピュータに「特徴量の設計」を施すのは、あくまでも人間なのです。
AIが正しく機能するために、人間がAIに特徴量を覚えさせる。これがディープラーニングが出てくる前までの「機械学習」の一般的な方法でした。
AIの機械学習に革命を起こした「ディープラーニング」
ところが、そんなAI=機械学習と言われていたなか、革命を起こしたのが「ディープラーニング」です。
革命が起きたのは、2012年の世界的なAIコンペ「ILSVRC」の出来事でした。これは、人工知能に画像認識をさせるというコンペで、東京大学、オックスフォード大、独イェーナ大学など、世界の名だたる大学が参加していました。
このコンペは、花やヨット、動物などの画像をAIに読み込ませ、その正解率(エラー率の低さ)を競うコンペでした。今まで各大学はAIの機械学習の精度をあげるため、特徴量の設計にしのぎをあげてきました。毎年のコンペでは、各大学はエラー率26%前後でほぼ横並び。そのため、1年かけてエラー率が1%改善するかどうかという戦いをしてきました。
ところが、そんなコンペに黒船のように現れたのが2012年のコンペに初参加したカナダのトロント大学でした。各大学がエラー率26%前後という結果のなか、トロント大学はなんとエラー率15%という驚異的な結果を出したのです。
この結果を出すために使った技術が「ディープラーニング」だったのです。
ディープラーニングとは?
ディープラーニングとは、一言でいうと「特徴量の設計」を機械自身が行う技術、のことです。従来は、「特徴量の設計」は人間が行っていました。しかし、コンピュータにコツを覚えさせることは、まさに職人芸のようなもので、人間の力では限界がありました。
ディープラーニングは、機械自身が特徴量を設計します。たとえば、将棋の例で見ると
ディープラーニングのイメージ
第1層「飛車と角と王将が●●な状況だと勝ちやすい」(局所的な特徴把握)
↓
第2層「"飛車の周囲の状況は××"、"角の周囲の状況は××"、"王将の周囲の状況は××"だと勝ちやすい」(部分的な特徴把握)
↓
第X層「"全体の状況が△△だと勝ちやすい"」(全体的な特徴把握)
というように、AI自身が特徴量を設計していきます。
第1層では、部分的な特徴を把握するだけですが、何層にもわたってのその特徴を把握し続けることで、盤面全体の「勝ちやすい特徴」を把握できるようになります。そして、最終層で「勝ちにつながる盤面」全体を導き出すことができるのです。
上記のように、何層にもわたって学習し特徴量を設計していくため、ディープラーニング(深層学習)と名付けられたのです。
AIが「概念」を獲得する ーシンボルグラウンディング問題ー
ディープラーニングによって、AIの能力は格段に上がりました。特筆すべきは、AIがディープラーニングによって「概念」を獲得できるようになりつつあることです。
今までは、コンピュータには「概念」というものがありませんでした。コンピュータに「ネコ」の画像を保存することはできても、それが「ネコ」という「概念」だと教えることはできなかったのです。これを、「シンボルグラウンディング問題」と言います。
人間は、当たり前のようにネコという概念を知っていますが、実はこれは知能的にすごく高度なことなのです。
ネコという概念を把握するためには、さまざまなことを知っている必要があります。
ネコは、「小さい」「ニャーと泣く」「4本足」「しっぽがある」「耳がある」「白や黒、グレーが多い」「触ると温かい」など、さまざまな特徴からそれが「ネコ」という生き物であることを判断します。
人間がAIにこれらのことを教えるのは至難の業です。AIには「小さい」「鳴き声」「白・黒」「温かい」ということの定義が分からないからです。人は、これらの定義を視覚、聴覚、触覚などを駆使して把握します。しかし、それを知らないAIに「小さいとは・・」「温かいとは・・」ということを理解させることができないのです。
しかし、ディープラーニングがこの概念の獲得に役立ちます。ディープラーニングは、上記のようなネコの特徴について自ら掘り下げていくことができ、「ネコ」という概念を獲得できます。
「あぁ、ネコって耳があってヒゲがあって4本足で白とか黒とかグレーとかの特徴がある生き物だよね」
というように、AI自身にネコの特徴を把握させることができるからです。
こうして、ネコの概念を獲得できたAIは、ネコの画像や動画を読み込ませるだけで、「これはネコという生き物ですね」と判断することができるのです。
GoogleのAIがネコを認識
実際に2012年、GoogleのAIがネコを認識した、と話題になりました。これは、先ほどご紹介した、トロント大学がAIコンペ「ILSVRC」で優勝したのと同じ年の出来事です。
Googleの研究チームがYoutubeから1000万枚の画像を取りだし、1,000台のコンピュータを3日間走らせて、AIに読み込ませました。すると、AIがネコを識別できるようになったのです。
この実験でも、ディープラーニングの技術が用いられています。ネコを認識するにあたっては、
Googleのネコ認識
「斜めの線、縦の線、黒い色、茶色い色などがある」
↓
「目がある、ヒゲがある、耳がある」
↓
「ネコである」
というように、何層にもわたって、ネコの特徴を把握していくのである。これにより、GoogleのAIは「ネコ」という概念を獲得できたのです。
日本での取り組み:AIが手塚治虫作品を作る
ディープラーニングの活用実績は、海外だけではありません。じつは、日本でも最近話題になったものがあります。それが、「AIが作る手塚治虫作品」です。
このプロジェクトでは、AIに過去の手塚治虫作品のキャラクター画像を何万枚も読み込ませ、AIに手塚治虫先生のタッチ風のキャラクターをデザインさせることに成功したのです。
さらに、このプロジェクトでは、AI自身にストーリーを作成させることにも成功しています。手塚治虫130作品から「日常」「転換」「対決」など13のフェイスに分解して、AI自身にストーリーをプロットさせたのです。結果、100を超えるプロットのうち、2割程度の筋の通ったプロットが完成したとのことです。
そして、完成したのが、上記イラストが主人公となる「ぱいどん」と呼ばれるマンガです。まさに、AIが作った漫画として注目を集めています。
(「ぱいどん」は、公式サイトから無料で閲覧することができます。)
このように、ディープラーニングが出てきたことで、今まで不可能だったことが可能となりました。ディープラーニングが、AI技術のブレークスルーとなるかもしれないのです。
AI(人工知能)の今後の動向
AIで未来はどう変わるのか
今のAI技術でドラえもんは作れるか
ディープラーニングにより、AIは今後ますます進化していくものと思われます。
しかし、それではディープラーニングによってドラえもんを作ることができるか、と言えばそれには程遠いというのが現状です。
ご紹介したとおり、Googleがネコを認識したのが2012年。このときも、1000台のコンピュータを3日間走らせて、ようやくネコを認識できるようになったにすぎません。(もちろん、とても画期的なことではありますが)
また、ほかにAIが使われている分野は、Googleに代表されるユーザーに合わせた広告表示、Amazonなどオンラインショップのリコメンド機能、Uberで使用されている道路交通予測、iPhoneのSiriなどの簡単な会話機能など、どれも画期的ではありますが、ドラえもんのAIと比べると、まだまだ用途は限定的です。
ディープラーニングにより概念を獲得できる可能性は出てきましたが、まだそのレベルです。人間のように、さまざまな概念を複雑に組み合わせ思考し、自ら考え行動する、ということはまだまだ先の話です。
今後のAIの進化
それでは、これからAIの技術はどのように進化していくのでしょうか。ここでは、冒頭でご紹介した東京大学准教授 松尾豊氏の著書「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの」から、そのロードマップの一部をご紹介します。
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1行動とプランニング、行動に基づく抽象化(2020年~)
・AI自身が自律的な行動計画をたてられるようになる
・AI自身の行動で収集するデータにより、環境認識の精度があがる
活用例:自動運転、農業の自動化、ドローン物流、家事・介護 など
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2言語理解(2025年~)
・獲得したさまざまな概念と言語を紐づけ
活用例:翻訳、海外向けECサイト
step
3大規模な知識理解(2030年頃)
・Step2の延長にある大規模な知識理解
活用例:ホワイトカラーの業務全般、教育、秘書 など
AIによってなくなる仕事は
上記のフェイズを見て分かるように、人間の仕事がほとんど奪われるといった極端なことは、しばらくは起きそうにありません。現在やっている人間の仕事の一部が、AIに置き換わるだけで、AIができない業務、苦手な業務は引き続き人間が行います。
また、たとえば事務作業などの単純作業はAIに取って代わるかもしれませんが、それを管理する人が必要です。イレギュラーなケースに対応したり、AIのアルゴリズムを調整する役目の人は、引き続き必要になるでしょう。
ただし、仕事自体はなくならなくとも、その人員が限りなく減らされる可能性はあります。特に、単純作業や定型作業、ルーティンワークがメインの業務となっている方は注意が必要です。
上記の2030年までのロードマップを考慮すると、下記のような仕事の職場では、人員が減らされる可能性があります。
人員減の可能性がある仕事
データ入力作業、受発注業務、コールセンター業務、電話勧誘員(テレマーケター)、保険契約・支払業務、銀行窓口係、受付業務、契約書チェック、融資担当者、翻訳家、秘書、運送作業員、介護職員、タクシードライバー
まとめ
AIの現状と今後のビジョンについてのご紹介でした。
AIと聞くと、「なんでもできる万能なもの」というイメージがありますが、しばらくの間はそういう未来は訪れません。ドラえもんのような自分で考えて行動するロボットを見ることができるのは、まだまだ先の未来でしょう。
しかし、ご紹介したとおりディープラーニングがAIを飛躍的に進化させたことは事実です。今後、AIがますます進化していけば、今の社会は大きく変わる可能性があります。
物流、金融、広告、製造・・・さまざまな業界でAIは活用されていくでしょう。
また、そのなかで人の働き方も変わります。AIでもできる簡単な仕事は、少しずつAIに取って変わっていくでしょう。そのうえで、自分の働き方、少し仰々しく話すと、自分の在り方を見直す必要があるかもしれません。
今後の自分のキャリアを考えるうえで、AIによって社会はどう変わるのか、その社会と自分はどう関わっていくべきか。AIの発展は、そんな根本的なことを考えるいいきっかけになるでしょう。
ディープラーニングの登場でAIはどう進化していくか
ディープラーニングの登場で、今後AIはどう変わっていくのでしょうか。